外国語エッセイ

わかりますか、カタカナ映画タイトルの原題と意味

三好重仁 教授

 「ステップフォワード・ワイフ」、「ボーン・スプレマシー」、「セルラー」、「ナショナル・トレジャー」、「サイドウエイ」、「アビエイター」、「ミリオンダラー・ベイビー」、「フォゴットン」。これらは、2005年に日本の映画館で封切りになった映画の一部ですが、みなさんはこれらのタイトルを見て、どんな内容か想像できますでしょうか。
 筆者が担当しているある英語クラスで、カタカナ映画タイトルはなぜ増えていると思うか訊いてみたところ、次のような回答がありました。製作サイドから原題を変更しないようにされている、原題をそのままカタカナ表示で理解できる人が増えてきた、翻訳すると勝手なイメージができてしまい、若者へのアピールが弱くなるから、英語と日本語では印象が異なるから、邦題にすると元の意味と変わってしまうから、邦題を付けなくても内容がわかるようになったから、カタカナ題名はお洒落に聞こえて、日本語には無い英語のニュアンスを表現できるから、インパクトが強まるから、親しみやすいから、カタカナの方がかっこいいから、ビデオやDVDでタイトルを探すとき、カタカナ表記の方がわかりやすいから、タイトルの意味を曖昧にするため。このように様々な理由が挙がってきましたが、タイトルの意味が分かっても分からなくても、学生たちには日本語に翻訳した題名よりもカタカナタイトルの方が好意的に受け止められているようです。
 この背景を知りたいと思っていたところ、山田(2005)に次のような説明を見つけました。

    カタカナ書きされただけの題名は、わかりにくい。これらの題名から内容を想像できる日本人は少ないだろう。相当な英語力がなければ無理であるし、日本人一般にそのような英語力を期待することはできない相談である。とすると、これらの題名は、最初から意味の伝達を放棄していることになる。メッセージにとって、意味は最も重要な構成要件だが、その大切な用件を犠牲にする以上、それに代わる何かが求められていると思わなければならない。カタカナ題名は、意味を度外視することにより、何を得ようとしているのか(山田 2005, 177)。

 われわれは、カタカナ題名の意味をはっきり理解しているのではない。とすると、われわれがカタカナ題名を通して行っているコミュニケーションには、どんな意味があるのであろうか。それは、すでに「文字情報のやりとり」ではなくなっているのだろうか。ひょっとすると、本当の目的は、文字の周辺に浮遊している「気分を伝える」ことなのかも知れない。…カタカナ題名は、曖昧な気分の世界への入り口となっているのかも知れない。
 先ほどの学生たちの回答の、カタカナ題名はお洒落に聞こえ、英語のニュアンスを伝えられ、意味を曖昧にするなどの意見は、この「文字情報のやりとり」から「気分を伝える」カタカナ映画タイトルの言語機能の変遷を裏打ちしていると思えます。
 山田(2005)によれば、「1970年代以降、全映画に占めるカタカナ題名の割合が平均値で50%を超えるようになったことから、転換点は1970年あたりかと思われる」とのことですが、筆者の意見では、1980年のアカデミー受賞作品「クレイマー、クレイマー」がターニング・ポイント作品と思われます。もちろんそれ以前も1970年代より、「サウンド・オブ・ミュージック」、「エルビス・オン・ステージ」、「ゴッドファーザー」、「ラスト・タンゴ・イン・パリ」、「スティング」「ダーティーハリー」「アドベンチャーファミリー」、「エイリアン」「スーパーマン」など徐々にカタカナタイトルは出てきていますが、カタカナでも意味が容易につかめるようなもののようです。しかし、この作品については、このカタカナ題名だけでKramer vs. Kramer という原題を思い浮かべることができる日本人観客は極めて少数だったのではないでしょうか。にもかかわらず、この映画は大好評で、これ以降カタカナ題名は当然のようにつけられていくのです。
 (例)「レイズ・ザ・タイタニック」(1981)、「エンドレス・ラブ」(1982)、「フラッシュダンス」(1983)、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(1984)。
 それでは、最後にクイズ形式で最近の映画からいくつかカタカナタイトルを提示しますので、原題を当ててみてください。

1)カタカナから原題のつづりが想像できそうなもの

     「ミリオン・ダラー・ベイビー」Million Dollar Baby、「ナショナル・トレジャー」National Treasure、「サイドウエイ」Sideways、「リクルート」The Recruit、「ディープ・ブルー」Deep Blue、「ヴィレッジ」The Village、「ターミナル」The Terminal、「ダークネス」Darkness、「ザ・コア」The Core、「フォーン・ブース」Phone Booth、「ビューティフル・マインド」A Beautiful Mind、「アイ・アム・サム」I am Sam、「メン・イン・ブラック」Men in Black、「アイス・エイジ」Ice Age、「サイン」Signs、「ラスト・キャッスル」The Last Castle、「バースディ・ガール」Birthday Girl、「マイノリティー・リポート」Minority Report、「ギャング・オブ・ニューヨーク」Gangs of New York

2)原題の一部を使用しているもの

     「バレット・モンク」Bulletproof Monk、「ステップフォワード・ワイフ」Stepford Wife、「パッション」The Passion of the Christ、「アナライズ・ユー」Analyze That、「ネメシス」Star Trek Nemesis、「マイ・ビッグ・ファット・ウエディング」My Big Fat Greek Wedding、「エネミー・ライン」Behind Enemy Line、「プロフェシー」The Mothman Prophecies、「リーマン・ジョー」Joe Somebody

3)原題が難解なもの

    「ボーン・スプレマシー」The Bourne Supremacy、「セルラー」Cellular、「テイキング・ライブズ」Taking Lives、「コラテラル」Collateral、「スーパーサイズ・ミー」Super Size Me、「ボーン・アイデンティティThe Bourne Identity、「ハイ・フィデリティ」High Fidelity、「プレッジ」Pledge、「インソムニア」Insomnia、「ロード・トゥ・パーディション」Road to Perdition、「セレンディピティ」Serendipity、「チェンジング・レーン」Changing Lanes、「フレイルティ」Frailty

4) 原題とは全く異なるもの

    「ニューオリンズ・トライアル」Runaway Jury、「ディボース・ショウ」Intolerable Cruelty、「マイ・ボディガード」Man on Fire、「ボイス」Phone、「コーリング」Dragonfly

   1)から3)まではほぼ原題をカタカナ表記しただけで、「芸がない」のですが、最後の4)はカタカナタイトルですが、原題をそのままカタカナにするのではなく、内容を汲み取って日本語話者にアピールするようなタイトルになっています。このような工夫が映画業界人の腕の見せ所かも知れません。

参考文献

山田雄一郎(2005)『外来語の社会学―隠語かするコミュニケーション』(春風社)

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